アウディ・クアトロの悲劇 その1

自動車レースの中でも過酷なことで知られるラリー競技。そこで一時代を築き上げながらも、一度は先取りしたテクノロジーに追い越され、志半ばにして表舞台から姿を消した自動車があります。そして、その凋落の背景には、意外にも私たちのような自転車エンジニアが学ぶべき事実があったのです。

ドイツを本拠地とするアウディ社が、クアトロ(イタリア語でQuattro=4の意)という四輪駆動システムを引っさげてラリー競技シーンを席巻したのは1980年代のことでした。舞台はWRCなどの、スピードラリー。「パリ・ダカ」に代表される、道なき道を行くアドベンチャーラリー(またはラリーレイド)とは違い、こうした競技ラリーは市販乗用車をベースとしたいかにも「速い」車で争われるのが特徴です。それまでの四輪駆動のイメージは、日本でも四駆を全て「ジープ」と呼んでいたことに象徴されるように、あくまでも低速で荒野を切り開くクロスカントリー。ラリーを戦うのは、ランチア・ストラトスのような、舗装サーキットから抜け出してきたような後輪駆動のスーパーカーが主流でした。

ところが、乗用車に四輪駆動のシステムを組み込むことに成功したアウディは、ここに目を付けたのです。タイアのグリップ力が期待できないオフロードでは、駆動力を分散させた方が高速走行での安定性を実現できると考え、実際にWRCなどで大成功を収めました。これがどれほどの影響力となったのかは、現在のWRCを戦うのがスバル・インプレッサや三菱・ランサーなどの4WDばかりなのを見れば説明の必要はないでしょう。

しかし、プジョー・206など、(当時の)次世代の4WD車が登場するにつれて、クアトロの弱点も浮き彫りになって来ました。それは、前後の重量バランスの悪さです。もともと、アウディはFF(フロントエンジン・フロントドライブ)を得意とするメーカー。自動車の前後重量配分は50:50が理想と言われますが、FFでは前輪の加重が抜けては何もできないため、前60-65:後35-40というように前が重いのが普通です。アウディもそうであり、クアトロはそのFFベースの4WDなのです。そのため、回頭性の悪さが指摘されるようになりました。そして、それに対応するための設計変更が、皮肉にもクアトロの伝説を終わらせてしまったのです。

次回へ続く)

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