最近の練習と、札幌地下鉄の女性専用車両

最近、皮肉を練習してみました。まあ別に、どこで使うあてがあるわけでもないのですが。

札幌の地下鉄に女性専用車両が登場したことに、大きな衝撃を受けました。確かに東京などでは車内の混雑に乗じた痴漢被害に悩む女性が多く、またその混雑状況自体が劣悪なものであることから、体力的な面での安全管理という意味を含めて女性専用、または優先車両が運行されています。そこまで車内が混雑することなど皆無と言ってよい札幌においても、そうした被害の可能性を排除して乗客の安全と安心を守るという札幌市交通局の姿勢は素晴らしいものです。

もちろん、問題や反発の発生も予想されます。例えば男性は乗車後に車両から車両へと移動する自由が損なわれるとか、共用車両の混雑がひどくなるとか、専用車両に乗らない女性が痴漢を厭わない開けた人だと見られては困るとか、専用車両は子供や障害者も歓迎としているものの、その情報が周知されず、一見障害の分かりにくい男性などには利用しづらい雰囲気になるのではないかとか、はたまた、痴漢の被害に遭う男性の救済を無視しているとか、そのような細かい点をあげつらう向きもあるようです。

しかし、利用者に優しい地下鉄というイメージをつくるためには、これらの問題などは全く取るに足らないことです。その点をはっきりと踏まえた今回の英断に敬意を表します。ただでさえ、日本の中心から遅れた、開発途上の未開国と見做されがちな北海道ですから、こうした首都発祥の文明をもっと迅速に、疑いなく受け入れていくことはとても重要です。何より、女性専用車両という斬新かつ都会的なコンセプトこそ、アパルトヘイト以来最大の文化的発明なのです。

私は男性ですが電車内で痴漢に遭ったことがあります。また、怪我による一時的な障害で階段を上り下りできない時には、最寄の地下鉄駅が幸いなことにエレベータの設置されているところだったため、それを利用していたこともあります。そうした部分のケアが行き届いていないと感じても、それは仕方のないことだと思っていました。しかし、一部の利用者が多少の不便に耐えることで他の乗客にとっての利便性と安全性、更には公共サービスのイメージまでもが向上するとなれば、これを発明と言わずしてなんと言うのでしょう。私にとっても、他者の利便のために自己犠牲を払えるという、高尚な精神活動の実践の場を与えてもらったことになるのです。これこそまさに、高度文明社会のあるべき姿と言えるでしょう。

一歩外に出れば、そこは依然として原始的で混沌とした男女混合の社会です。そのような野蛮な世界から抜け出して地下鉄に乗ると、その美しく自己完結した箱庭模様に大きな安心感を覚え、もうそこから離れたくないとさえ思ってしまうでしょう。そんな素晴らしい世界が完成するのだと思うと、期待に胸がふくらみます。

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