「ピストバイク」って、もうやめにしませんか

この記事を下書きし始めてから1年以上経ってしまいました。その間に状況が変わった部分もあるのですが、まだ一応意味がある内容であることを願いつつ、今のうちに書いておきます。

自転車業界でここ数年、固定ギアのトラックレーサーが流行りました。ケイリンの自転車と言えば、分かりやすいでしょうか。もともと、競輪選手向けにフレームを製作するビルダーといくつかの競技系ブランド以外では、ごく限られた一部の趣味性の高い自転車メーカーしか手を出していなかったジャンルです。そこにMTBやBMX系の大手メーカーがこぞって製品を送り込み、一般にも広く販売され、乗られるようになりました。結果として、本来の競技では不要な部品であるブレーキを装備しないままでの公道走行が問題となり、物議をかもしたのはご存じの方も多いでしょう。

さて、前置きが長くなりましたが、私が問題にしたいのはその名前。「ピストバイク」という言葉と、何よりもその英字表記「pist bike」です。

一部の雑誌などが散々当たり前のように連呼しているので、これがれっきとした英語か何かの自転車用語だと思っている向きもあるかも知れません。が、これって、どこの国でも通じない和製カタカナ語です。そのまま英語的に受け止めれば、「酔っ払った自転車」か「ションベンひっかけられた自転車」といったところです。

確かに日本では、長らく「ピスト」という言葉がトラック競技とそのための自転車を指して使われてきています。その元になっているのは自転車競技の由緒正しき本場、フランスの言語です。フランス語で競輪自転車は「vélo de piste」と呼ばれ、véloは自転車、pisteは周回トラックの意なので、英語の「track bike」と語順は違えど意味は同じです。発音はあえて英語っぽく表記するなら、[velo d pist] という感じです。

さて問題は、どこから発音表記ではなくアルファベット単語としての「pist」が発生したかです。周回トラックの意味で「pist」という単語が存在するのはトルコ語くらいしか見当たりませんので、その線はないでしょう。ということは、流行を先取りするメディア関係者が、フランス語由来の「ピスト」というカタカナを英語風に表記したらこんな感じかな~、という綴りを発明して、あるいはどこかで既に使われていたのを大したバックグラウンドチェックもなしに取り入れて、ついでに英語の「バイク」とくっつけてみたりして、それを拡散したというのが濃厚でしょうか。まったく、自転車の歴史への敬意も、言の葉を綴ることへの畏怖も、メディアの拡散力に付随すべき責任の自覚も何もあったものじゃありません。

もうひとつ不可解なのが、「pista」という単語が「ピスト乗り」を指してよく使われていること。英語のerで終わる響きに近いからでしょうか。さらに黒人英語ではerの代わりにaを使うブロークンな表記もあるし。ヨーメーン、お前 muthafucka 俺 pista、みたいな? ていうかギャングスタ・ラップ聴きすぎじゃないですか? 第一「pista」って、単にイタリア語やスペイン語での「周回トラック」。「Pist」が英語じゃない以上、ちょっとそういう連想には無理があると思います。

もしもこの先、この用語を巡るこの混乱が少しでも収束してくれるなら、収まるべきところは英語の「フィクシー(固定ちゃん)」かなとも思います。トラック競技よりも、固定ギアでの街乗りや山走りといった趣味性の高いセグメントでよく使われてきた言葉です。なぜフランス語のまま「ピスト」や英語での「トラックバイク」ではなくこっちかと言うと、ブーム後に乗られている固定ギア自転車の多くは既に全然トラック仕様ではなくなりつつあるからです。日常使用の快適性を求めてドロップハンドルを捨ててフラットバーになり、トリックへの最適化のために細タイヤを捨てて26インチの太タイヤになり、残されたアイデンティティは端的に言って固定ギアであることだけなのが現実です。

そんな固定ギアですが、もし食わず嫌いの方がいたらぜひ乗ってみてほしいと個人的には思います。あのダイレクト感とシンプルさは私も大好きですし、他では得られない感覚です。そして、フリーホイール以前の自転車の歴史も、競輪の名レースも、偉大なアワーレコードも、こういう自転車によって成し遂げられたんだなぁという感慨を肴に、今日もご飯が進みます。

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