オリンピック雑感

こんなタイトルを打ち出してしまった割には、実はオリンピックをそんなに見ていません。元々テレビを見る習慣がないとか、クーベルタンに始まる近代オリンピックの思想が欺瞞に満ちているからとか、理由は色々とあるようであまり無いです。それとも、スポーツは自分にとって見るものではなくやるものだということもあるのでしょうか。

そんな中、たまたまテレビを見たらサッカー女子決勝の日でした。これはラッキー。例えその時間まで起きていられなくても、試合がその日だとさえ分かっていれば社会的にはバッチリです。翌朝は人に会ったら開口一番「昨日のアレ、やばかったね! 正直意外な流れって気もしたけど! ていうか寝不足だわ」なんて言っておけば、事実関係を含めた残りのストーリーは全て相手が紡いでくれるはずです。そう、知識は自分で持っていることが絶対的な力ではなく、借りたり拾ったり、伸ばしたり干したりする場所を知っていれば良いのです。

さて、そんな注目の試合を控えてのTV番組ですが、沢選手と仲が良いというアメリカのエース、ワンバック選手のコメント映像もありました。が、これがひどい。

「日本にはエールを送らないわ、勝つのはアメリカよ」なんて字幕でした。が、本人が言っていたことは全然違います。

「I wish nothing but the best for Japan(日本に対しては心から応援しています)」って言っていました。もちろんその後に「まあ、勝つのは私達ですけど」みたいな言葉が続いていましたが、このクソ字幕のせいでまるっきり性格悪そうじゃないですか。ひどいことするなぁ。

さて、それから一夜明けてからのお話。同点のチャンスを逃したことなどに感情をあらわにして悔しがる選手、という報道について、「過ぎたことにタラレバ言っても仕方ない、次でがんばればいいじゃないか」という論調のコメントを見かけて、何かが引っかかりました。

しばらく考えて、やっと腑に落ちました。一見よく言われるポジティブ思考で良いことを言っているようだけど、これは観戦者視点なのだなと。

見ている方には、ほとんど確実に次のオリンピックがあります。その次も、その10回先も同じように観戦できるかもしれません。しかし、やっている方にとってはそうではないのです。体力が落ちるかもしれないし、怪我をするかもしれない。競技の人気が低迷するかもしれないし、そうすれば自分の生活もままならなくなるかもしれない。4年後に同じ舞台を踏めるかどうかは何の保証もなく、そして何より、今回決められなかったあのシュートを決める機会は、この先一生、二度と無いのです。

仮にすぐ別の試合があるなら気持ちの切り替えも重要な仕事でしょうが、そうでなければ、そんなポジティブにしていろというプレッシャーなどクソ食らえと私は思います。むしろ、できるはずのことができなかった、そんな悔しさに体を貫かれる瞬間こそが、アスリートの性の証明として、ここまでやってきた芯の強さと表裏一体なのではないでしょうか。

だから、ドンマイ!なんて言うなよ。やってるこっちが一番、死ぬほど気にしてるんだよ。だから、筋トレをしていて最後の1レップ、もうどうやっても上がらない気がする時に、そういうことを思い出して踏ん張ったりするんだよ。気安く、ドンマイなんて言うなよ。見苦しいかもしれないけどさ、叫びたいんだよ。泣きたいんだよ。だから、今は放っといてくれよ。

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