御嶽山の悲劇に思う

木曽の怪峰、御嶽山が噴火して大変なことになっていますね。私は登ったことはありませんが、小学生の頃に当地で起きた大地震のことを本で読んだこともあり、全く知らないわけではない山です。まずは、一人でも多くの方が無事に助かるように祈っています。

まだ現地状況の詳細も分からないうちに書きたかったことは、ただひとつ。「生き残った人を責めないでほしい」ということです。

こんなのは当たり前のことなのですが、残念なことに茶々を入れる人も中にはいます。例えば、中央高速のトンネルが崩壊した時にアクセル全開で逃げ切った方について、「スピード違反ではないか」というコメントもネット上で散見されました。緊急避難という言葉を知っていればすぐにそれが間違いだと分かりますが、そうでなくても、彼が冷静な判断力によって自分と奥さんの命を守ったことに一片の非もないことは明らかです。

今回も、突然噴火した御嶽山頂を命からがら脱出した人の中には、自分のパーティーや周りの登山者に怪我人が出ていても、助けられなかったケースはあるようです。これは仕方のないことです。平時であっても、怪我人を山から下ろすのは大変な労力と時間を要します。ましてや、噴煙に巻かれ、「軽自動車くらいの大きさの岩が降ってきた」という中での救助努力が意味するのは、「死と隣り合わせ」ではなく、「死」です。

心理学的にも、大災害の生存者には自責の念が見られることが多いと言われます。今はまず体と心を休めていただくしかないでしょう。PTSDカウンセリングも必要になるかもしれません。しかし、彼らが必要とするのは、断じて、外野からの無責任な非難ではありません。

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