ロードレーサーのディスクブレーキ化について考える

ご存じの方が多いというかほとんどかもしれませんが、ロードレーサーにもディスクブレーキが装備されるような流れですよね。それについてちょっと思うことがあるので、無駄に長く述べてみたいと思います。まあ、まずは前置きから。

ロードレーサーというのはもちろん、羊の角みたいないわゆるドロップハンドルを付けて、細いタイヤでそこそこの長距離をなるべく速く走るタイプの自転車です。ロードバイクとも言いますね。基本的に競技スポーツであり、最高峰のイベントとしては「ツール・ド・フランス」などが有名です。私の小さい頃は、「ドロップハンドルの自転車に乗ると背骨が曲がる」という都市伝説が親世代の間で語り継がれており、弾くと不良になってしまうギターや、食べると鼻血を出してしまうチョコレートなんかと並んで、軽くヘイトの対象とされておりました。

自転車のブレーキはロードやママチャリ、実用車などではリムブレーキが主流です。タイヤのすぐ内側のリムをゴムでギュッと挟んで制動するわけです。一方、ディスクブレーキの場合は、タイヤよりだいぶ内側、ハブに固定された円盤をウリャーっとパッドで挟みます。マウンテンバイクは過去20年の間にほとんどディスク化されました。モーターサイクルや自動車も、スポーティーなものは現在ほとんどがディスクブレーキを採用しています。

リムブレーキ構造を基準に考えれば、ブレーキのためだけにディスクを取り付けるというのはちょっと、「同じ機能を持つものであれば構造はシンプルな方が良い」という機械設計の大原則に逆らうことになります。軽さ命ということで安全率としては無茶な設計が常態化している自転車においてはなおさらです。しかし、機能的にディスクブレーキの方が優れているということでMTBでは標準となりました。雨や泥の影響を受けづらく、安定した効きを発揮するという明らかな利点がありますし、オフロード走行でリムが歪んでも影響を受けません。

一方、自転車全体の設計はディスクブレーキに合わせて変える必要があります。ブレーキの反力で負担がかかる部位が違うからです。MTBの場合、過渡期にはディスク化したらスポークがちぎれた、フレームが折れた、などなど問題てんこ盛りでした。それでも利点の方が大きいため、ディスクに最適化した設計を進めて現在の姿があるわけです。

本題であるロードレーサーのディスクブレーキ化の是非を考える際には、このように機能面で利点が欠点を凌駕するのかどうかと、安全性と、この2点が鍵になります。他にも、新規性や見た目という尺度もユーザー目線ではあると思いますし、またメーカー視点で言えば新規需要の掘り起こしでウハウハしたいって切り口もあるとは思いますが、私はまあエンジニア寄りということでその辺は省きます。というわけで、その2点をもう少し掘り下げてみましょう。

まずやっぱり気になるのは、機能的にどうなのかです。ディスク化したらラルプデュエズをもっと速く走れんのか?ってことです。私は最初、懐疑的でした。ディスクやらキャリパーやらの重量は無視できませんし、そもそもロードレースではブレーキングの重要度も頻度もMTBあたりと比べるとはるかに低いからです。手間暇かけてフレームもフォークも設計変更して、ハブの規格もここ数十年ほどはほぼ完璧に統一されていたものがMTBみたいにカオス化する可能性があって、重くもなって、それでいてほとんど使わない部品でしたっていうんじゃ報われないし、少なくとも走り目的のユーザーには全然メリットがないわけです。

しかし、それは過渡期の話。よく考えると、全部ひっくり返せる可能性があります。言ってしまえばどんなブレーキ形式でも減速させるという仕事自体は変わらないわけで、その反力を受け止める機構や箇所が違うだけですから、それに合わせて強度や剛性を再配分すれば良いとも考えられます。つまり、自転車各部の構造や部材の肉厚を見直してディスクブレーキに最適化するという作業です。

具体的には、ハブ周辺はディスクも付くし重くなりますが、リムはもっと軽くできます。ブレーキシューとこすれる面を作らなくて良いので断面形状の設計が自由になりますし、(すでに使われてはいますが)摩擦に強くないが強度や比重で利点のあるカーボンやプラスチック系素材も使い放題です。また、フレーム側ではディスクキャリパー台座周辺の構造的強度確保は必須ですが、代わりに従来のリムブレーキを取り付けていた部分を簡素化したり、剛性を下げてみたり、クリアランスを詰めてみたり、色々と設計で遊べる余地が出てきます。これはちょっと面白いことになりそうです。

では、安全性についてはどうでしょう。私は、ここが軽視されているのではないかと危惧しています。これは、ロードバイクがどのように使われるものかという基本的な性質と密接に関係しています。

ロードレースの大きな特徴として、多数のライダーが非常に密な集団を組んで走行するということが挙げられます。その方が全体として速いからです。この走り方が、個々人の力を競うタイムトライアル種目やトライアスロンとは大きく異なります。また、二輪車の宿命でもありますが、攻めれば転倒と紙一重なので、時に落車が発生することは避けられません。ですので、高速度で集団落車というシチュエーションも往々にして起こるものです。だからこそ、ロードバイクには全体の形状や装着部品について厳しいレギュレーションがあるわけです。タイムトライアル仕様とか、ケイリン仕様とか、トライアスロン仕様とか、ベン・ハー仕様の自転車ではロードレースには出られないのです。

そうしたロードレースの世界ですでに今年、海外の有力選手が落車時に他車のディスクで脚に大きな切り傷を負ってニュースになりました。そのためにディスクブレーキ使用に関するUCIの認可が一時凍結されたのが数ヶ月前のことだったと記憶していますが、私のリスク予測からすれば、この件でさえ最悪シナリオには程遠いと思われるのです。もっと怖いのは、指切断とかです。素材と板厚だけで見れば自転車のブレーキディスクはそこら辺の包丁とほぼ変わりません。そして、外周部以外は大きな肉抜きがされています。外縁も鋭くて危ないけれど、内側も相当なもんです。

競輪など、伝統的な自転車スポーツの世界ではよく、「転ぶときはハンドルから手を離すな」と言われます。そうすれば、鎖骨くらいは折れるとしても、他のより深刻な怪我には繋がりにくいからと。その「他」には、こういう怖い怪我も含まれるはずなんです。競輪もやはり高速で集団落車なんてことが起きますし、駆動系が直結ということでタイヤが回っている限りチェーンも無慈悲にギュンギュン回っていますから、指切断というのは現実的なリスクです。

でも、素人が集団でトラックバイクまたがってバンクに入らないでしょ? 一方ロードバイクなら、操車技術も経験も十分とは言えないライダーが集団走行する機会はけっこう簡単にあります。これは単に母数と敷居の高さの違いによるものと考えて頂いて良いのですが、とにかく現実です。そして困ったことに、アホみたいにフィジカルも技術も経験もあるプロレーサーの間でさえ、この短期間でディスクブレーキ付きロードバイク特有の事故が発生したわけです。

とは言え、ディスクにはカバーを付けるという方向性だと小耳に挟んだので、それが漏れなく実装されるのであればかなりのリスク低減にはなるでしょう。ましてや、私がすぐ思いつくことを業界の巨人たちが簡単に見落とすというのも考え難いことです。多分杞憂にすぎないのでしょうけれど、それならそれで構いません。リスク管理なんてそんなもんです。「心配しすぎてダサかったわ俺ら」って後から笑えれば良いんです。でも、その逆は笑えないですから。そして、メーカーとか業界側は、多分ですけど、このタイミングでリスク周知を徹底させようとは思わなさそうじゃないですか。

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