冬季五輪終了のお知らせ

既にニュースになっているようですが、オリンピックについての悲しいお知らせです。

私はインスブルック冬季五輪とモントリオール夏季五輪の狭間に生まれました。その次のモスクワ夏季五輪では東西冷戦のあおりで日本を含む西側諸国が参加をボイコットするという事件があり、さらに4年後のサラエボ冬季五輪会場は開催から数年を経過して内戦の激戦地になってしまったという歴史があります。

そして今回ついに、日本はオリンピックにお呼びでないという事態になってしまいました。

2018平昌五輪公式サイトです。一応魚拓も見つけました。ウォーリーを探せるかな? 赤と白の服が目印だよ…いないよ!

もう、やめて良いんじゃないですかね。

もちろん、身を削り骨をきしませてそのレベルでやっているアスリートが一番優先されるべきとは思うんですが、そういうアスリートだって腰パンがどうだ態度がどうだっていうおおよそスポーツの本質とかけ離れた基準でメディアに叩かれちゃうんでしょ。見てられないです。

もう少し本質的なところを突っ込むと、オリンピックは開催国や参加国に対して短期的な経済効果や中期的な活動目標をもたらしてくれる他、現地にスポーツ施設やインフラストラクチャを残してくれるわけです。借金も残りますけど。つまり、開催地はオリンピックを機にスポーツ振興を大きく進める機会を得ます。ですが、それはあくまでも開催地にそうしたスポーツを根付かせられる素地があってのこと。そうでなければ、無駄な投資によって成り立つ、地元に根付かない単発の祭りに疲弊して終わりです。実際にはそこまで両極端ではなく、その中間で良いバランスが取れるかどうかの問題ですが。

で、ソチ五輪を見てて思ったんですが、というか実はあまり見ていないんですが、ソチってロシアの中では温暖な保養地なんですよね。分かりやすく日本に例えると、南紀白浜冬季五輪ですよ。この辺りの開催地ネタ切れ感がしんみりと心に刺さります。

また今回は開催国周辺での軍事的緊張もあるので、既にボイコット検討中の国も出ています。しかしここにピークを合わせて来ている選手がかわいそうですから、ボイコット組が増えるようならそっちで独自にやれば良いんじゃないでしょうか。第一回、南極第六輪大会ということで。

ゴミ箱タイムスリップ

ダラダラしているうちにもう一ヶ月以上前となった話を引きずっているのですが、楽しかったニセコでのダウンヒル大会の個人的な裏話です。機材についての非常にどうでも良いことを一点だけ、世界の最新ダウンヒル事情から一番遠いスタンスで。

MTB種目の中でもダウンヒルについてはモトクロスやスノースポーツと同じで、本気のライダーはほぼ全員ゴーグルを使います。それなのにこの大会で、なぜ私がゴーグルではなくDIY作業用の保護メガネを使っていたのかという、涙なしには語れない物語があります。

スキーでもスノーボードでもMTBでも使ってきた古いオークリーのゴーグル。雪用の色付きダブルレンズしか無かったので、久々の本気ダウンヒルに備えて、私ひそかにクリアレンズを作っていました。昔はクリアのダブルレンズも持っていたのですがキズキズになって何年も前にお払い箱となり、このパーシモンのダブルレンズもどんな天候条件でも全然曇らず良いのですが、視界が狭いし、夏の使用にはちょびっと絶望的に暗いので。

ホームセンターでプラ板を買ってきて、ポンチとハサミでサクサクと完成。とりあえず使えそうです。視野も広くて最高ですが、フレームが汗とか泥とかで汚いままだから洗おうかな。

よせば良かった… えっと、もう1個あったからそれで行こう!

ほぼ触った瞬間に崩壊。ブルータス、お前もか。

最初のゴーグルは渋い色で気に入っていましたが、元は蛍光ピンクだったのを黒の染料で染めたものです。まさにこういう蛍光色の「Naeba」ステッカーを貼ったハイラックスサーフがイカしていた時代というのがありまして、こいつらもまさにその時代のアイコンだったわけです。

私とこいつらの出会いは1990年代初頭に遡ります。当時よく大した買い物もしないのに冷やかしに行って優しくしてもらっていた池袋西口のMTBショップがありまして、ある日そこのゴミ箱に放り込まれていたのがこのゴーグルでした。聞けば、もうさんざん使い倒して廃棄するものだと。そして二言三言の後、こいつらはゴミ箱から生還して私の手の内に収まったのでした。

その後の活躍はご存知の通り、と言っても誰も知らないと思うので補足しておきますと、主にスキーのお供として長野やら北海道やらコロラドやらで私の視界を支えてくれたのがこいつらです。

1999年、コロラド州アラパホ・ベイスンにて。実はちゃんと着地できてません。見栄張って伸身からのアンダーローテーション。恥ずかしい。少なくともゴーグルは無事でした、この時は。

というわけで、甘く誇らしい思い出を残して、ピンクちゃんもグリーンちゃんも晴れてお役御免、改めてゴミ箱行きとなりました。棺桶に両足突っ込んでいたあの日から四半世紀、よく頑張ってくれました。ありがとう。

ダウンヒルシリーズにデビューしてみた

先週末、去年に続いてニセコでダウンヒルの大会に出てきました。しかし去年と大きく違うのが、本州で運営されている「ダウンヒルシリーズ」による初の北海道開催だという点です。

私が全国的にダウンヒルレースを転戦していたのはもう15年から20年くらい前なのですが、その頃のメインは公式戦「Jシリーズ」でした。それが今では「Coupe du Japon」とシャレオツでおフランスな名称となって存続している一方、私的なシリーズ戦として「Downhill Series」があります。ちょっと昔のイーグルカップ時代を思い出しますね。

というわけで、また去年より1年分熟成が進んだ旧車で出場してきました。カクスケさん写真いただきます。

弊社で輸入していた Norco のダウンヒルバイクですが、頑丈で良いバイクですよっていう当時の売り文句はあながちウソでもなかったわけです。この写真は土曜日のタイムドセッションの時で、日曜の決戦と合わせてたっぷりレースを楽しめるのがこの大会の素敵なところです。

タイムドセッションでは気合が見事に空回りして3回か4回転び、そのせいかチェーンも外れたまま噛み込んでペダルを水平にさえできず、もう踏んだり蹴ったりです。タイムは 4:59.863。ぎりぎりで5分を切るギリギリ具合だけは立派ですが、トッププロから1分以上の遅れです。だめだこりゃ。

日曜日は脚のテーピングを大盤振る舞いして、あとはとにかく転ばないように走りました。でないと本当に何しに行ったんだか分からなくなっちゃいます。で、結果は総合だと11位。8月6日にバシッと優勝を決めた広島人、井手川君から27秒少々の遅れです。ローカル勢最速だったタクセイからは15秒遅れ、これもけっこうな差になりました。

あんまり速くなかったのは機材のせいだと周りが思ってくれているので私もその認識にそっと寄り添って生きていきたいところではありますが、このために実はホイールを新しく組んだりしているんですよね。タイヤは初めてチューブレス化し、フロントには初めての27.5インチをブチ込んでいます。リアはどうせ26インチしか入らないからって16年落ちのタイヤをそのまま使ったのがアホだという指摘は否定できませんが、楽しく走れたというだけでなく機材面で新しい試みができたということは非常に有意義でした。

ここでシェフの気まぐれ未来予想の時間なのですが、ダウンヒルで勝つためのホイールサイズとして、フロント29インチ、リアは27.5と26セミファットの互換というようなセットアップが今後の標準になるのではないかと私は何となく考えています。え? UCIルールでは異径禁止? そんなんどうにでも変わるでしょ。今年のツール・ド・フランスでサガンが失格になった時にみんな気づいたでしょ、UCIは言うほど絶対的正義でも何でもないって。

機材と言えば、なぜ私がゴーグルではなくDIY作業用の保護メガネを使っていたのか疑問に思う向きもあるかも知れませんが、これは今説明しようとしても涙で前が見えなくなってしまうので、後日改めて。

そんなこんなの愉快な週末でしたが、そもそも全国レベルのDH大会が北海道に来たのは十数年ぶりで、その原動力となったのがうちの近所の庭師さん、ダウンヒルシリーズに数年来参戦し、北海道での開催を訴えかけてきたオリエ選手です。今回さらに優勝まで決めて、おめでとうございます。ローカルライダーはもうオリエちゃんに足を向けて寝られません。しかしうちのベッドの向きからするとモロに足を向けちゃってますので、その辺大幅に改装することを宣言してDHシリーズ・ニセコ大会の総括とさせていただきます。

Boost規格はゴミだと思う話

MTB関連の細かい話です。予備知識が無いと面白くないかもしれませんが、そこら辺のフォローは今回キリがないので申し訳ありませんが省きます。

MTBが誕生した頃、部品規格はかなりスッキリしていました。各部の寸法がほとんど統一されていたのです。MTB用の部品をそこらで買ってくれば自分のMTBに装着できて当たり前だし、どんなMTBでも簡単にニコイチにできました。それがここ10年から20年ほど、各社各団体がバラバラな規格を持ち込むようになり、部品一つ一つを厳選して自分のバイクを組もうというユーザーにとっては地獄絵図に他ならない現在のシーンが形成されました。車輪のサイズが26インチだけではなく29”も出てきて、さらに27.5”が主流になったのと同様の多様化が、あらゆる部品サイズ、また嵌合部規格に起こっています。

一方で、これはとても良いことです。ユーザーの体格に合わせた自転車を組みやすくなったということもありますし、最高の工業製品を作るには既存の規格からはみ出ないといけない場合というのは存在します。そうしたはみ出しが無ければ、例えばMTB発祥のアヘッドシステムがロードレーサーやBMXを含めた全てのスポーツバイクの基本となることも無かったでしょう。私たちの作るTanatosフレームにしても、BB規格は理由があって独自のものを採用しています。

しかし一方で、バイクデザイナーとして、私たちは理由のない規格分化には懐疑的です。その最たる例が、MTBのフロントハブ向けに提唱されているBoost規格です(付随して新規リアハブ規格も含まれているのですが、それもまた突っ込みどころが多くてキリがないので省きます)。

ロードレーサーやMTBなど、主に変速付きのスポーツバイクのフロントハブは、伝統的には9mm軸のクイックリリースシャフトでした。ハブの幅、いわゆるオーバーロックナット(OLD)寸法が100mmです。しかしMTBにおけるサスペンションフォークとディスクブレーキの標準化に伴い、20mmシャフト、110mm幅の規格が20世紀終わり頃からダウンヒルなどの機材負荷が大きいジャンルで多く使われるようになりました。軸が太くなったのはサスペンションフォークの構造に起因する軸周り剛性低下を補填するため、幅が広くなったのはディスクローターを取り付けてもハブのスポークフランジ間隔を確保してホイールの横剛性を保つためです。

ところが10年ほど前からでしょうか、15mm軸の100mm幅という次なる規格が現れました。ダウンサイジングによる軽量化を狙ったものです。私に言わせれば、こんなのは99%ナンセンスです。残り1%は、買い替え需要を狙うというセコい理由です。私たちにとっては不得意分野なので、こちらもどうでもいいです。

問題点を簡単に説明しますと、細い方が軽くなるというのなら、自転車のフレームだって昔のAlanのアルミロードみたいに細い方が一応軽くはしやすいのです。でもグニャグニャになりやすいです。20mmや15mmのハブシャフト自体はほとんどがアルミ合金ですから、細身にするよりも大径薄肉の方が同じ重さでも強度と剛性と軽さのバランスを取りやすいのです(この辺は素材によって適切な径は多少変わってきますが、アルミならもっと太くても良いくらいです)。本気でクロスカントリー的な走りでの性能を極めたければ、20mmの薄肉版シャフトを作れば良かった話です。机上の空論レベルを飛び越えて私の感覚だけで言いますが、その方が並の15mmシャフトより軽く強くできるでしょう。ちなみにですが、ハブメーカーは15/100も20/110もイケる互換ハブを多く出していますので、現実にはどちらの規格でもその範囲内で最適化された部品はロクに存在しないと言うこともできます。

で、ここに来て業界は新しいネタを用意してきました。それがBoost規格、15mmシャフトの110mm幅です。長く説明するなら、フランジ幅を確保することで特に大径ホイールの強度も安心ですし、安定の軽さだし、これまでの15/100より良い事ずくめだからいつ買い換えるの?今でしょ、ってことです。短く説明すると、これは15mm系規格の自殺です。OLDも詰めて軽くしようとしてたのに、ボクサーに例えれば減量のために髪を剃って歯も抜いて即身仏寸前のレベルなのに、やっぱり110幅だよね、ヘビー級で男を見せるよ、って強がってます。死にますよ。支点間寸法が長くなれば剛性確保のために直径も必要になりますし。

というわけで、個人的な希望も交えての結論なので丸ごと信用してもらわなくても全然構わないのですが、15mm規格は一回りして滅び、20/110に回帰するでしょう。まあ仮にエンジニアリングを突き詰めれば25/120とかにランディングする可能性も無くはないですが、それなりにバランスの取れた既存規格を塗り替えるのは大変な作業です。数年以内に20/110に回帰したとして、そこから10年くらいはそもそものハブ固定方法を含めた新たな模索が続くでしょう。

エスカレータの羊たちへ

先週は中国・上海で国際貿易展示会「チャイナ・サイクル」がありまして、行ってきました。中国本土に行くのは2回目なのですが、前回は香港滞在からの日帰り深圳往復だけだったので、まあ実質初体験です。

上海に1週間居ただけなので、中国のことが丸ごと分かった!なんて言えるガラじゃないですが、それなりに見聞を広めて帰ってきました。交通ルールもへったくれもないとか、安いだけの飯は底なしにマズイとか、安いだけのチャリは底なしにゴミクオリティだとか、巷でよく聞くような中国のダークサイドはまあ概ねその通りなのだろうと思います。が、少なくともひとつ、私が中国にマジのガチでベタ惚れした点があります。エスカレータの乗り方です。

私は常々、夜空の星に願ってきました。エスカレータでは急ぐ人を邪魔しないよう片側に寄って立つのが至上の掟だと信じて疑わない手合いが、一日も早く死に絶えますようにと。

私だってエスカレータ上で歩くこともあれば走ったことさえありますが、あれは空いている場合のオプションに過ぎないし、そもそもエスカレータの製造会社からも、鉄道などの運営会社からも、そのような乗り方が正式に推奨されたケースは寡聞にして知りません。それを当然の権利だと捉えたり、そのために片側を空けるのを当然の義務だと考えたりするのは、「マナー」の名の下での思考停止です。空気を読みすぎて脳味噌まで空気になっちゃったね、って話です。

思い起こせば、私がこんなエスカレーターモンスターになってしまった最大の契機は、数年前に品川駅で突然訪れたのです。山手線を降りた私は、羽田空港に向かうためにプラットフォームからエスカレータを上がっていました。荷物も多少ありましたが、それ以上に足が痛いというか、足首折れていたので、スマートに片側に立ってなぞいられません。そこに下から歩いてきたスーツの男が詰まって、ブーたれてきたのがバトル開始のゴングです。袖触れ合うも他生の縁と申しますが、せめて話が通じないと良縁とはなりません。「急ぎたきゃ階段走れや」とアドバイスしても、豆鉄砲食らって逆ギレしている鳩のようなリアクションしか返って来ず、切なくなりました。

一般的に考えて、そのエスカレータを駆け上がらないと親の死に目に会えないレベルの確率が、荷物が大きいとか身体的な都合で右側あるいは左側にしか掴まれないとか杖をつくスペースが必要だなんて確率を大きく上回るとは思えません。本気で走るなら階段の方が大概早いですし。

中国、少なくとも上海メトロでは大体、エスカレータにみんなでワッと押し寄せてみんなでワッと乗るスタイルです。混んでいる時なら各段に2人ずつきっちり乗らさることもあります。私が極度に近寄り易いオーラを発しているせいかもしれませんが、横にうら若き女性がチョコリンと乗ってくるくらいは普通です。そりゃそうですよね、電車の中ではもっと人口密度が高い時もあるのですから、今更エスカレータ上でパーソナルスペースいっぱい下さいってのはただのモンスタークレイマーです。

で、ここから先が最も重要な部分なのですが、エスカレータって、ワッとひとかたまりに待ち列を作ってギッチリ乗るのが総合的な輸送能力は一番高くなるはずなんですよ。まあこれは私の観察と感覚に基づく話なので、あとは人間工学とか交通工学とかで喧々諤々して立証なり反証なりしてもらえれば良いのですが、この仮説には自信あります。全然何の証明にもならないエピソードですが、上海の十数分の一しか人口のいない札幌の地下鉄やJRの方が、エスカレータの待ち列が長くて捌けるのが遅かったりします。一部の人がほんの少し早く駆け上がるだけのために。それも、階段を走るだけの本気が無い程度の人のためですから。

ひとつ懸念があるとすれば、中国でも意識が高い人は現状をよく思っていない場合もあるらしいということです。ひょっとしたら、次に訪れた時には新しい「マナー」ができちゃっているかもしれません。そうじゃないんだよなー。下手の考え休むに似たり系のコンプライアンス志向で自縄自縛ってのは、中国にはきっと似合わないと思うのです。いや、むしろそんなの似合う国があるのかって話ですが、そっちに突き進んじゃって引き返せるのか不安になるケースは知っています。

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