ラリー見学

2008.06.29 Filed under: Staff Blog Written by: Kusahara

札幌近郊の、石狩市で開催されたラリーを見に行ってきました。

rally car

“EZO SUMMER RALLY 2008″ という大会で、北海道で年7戦くらい開催されているシリーズの一環となるものです。シリーズ中では2回あるターマック(舗装路)ラリーで、その他の2回はスノー(雪路)、3回がグラベル(未舗装路)となっています。

・・・などと分かった風に解説してみましたが、実は生で見るのは初めてだったんです。そして、そういう人(や、いろんな人・・・動機はそれぞれです)を対象にしたセミナーというか見学ツアーというか、が開催されていて、ラッキーなことに、アンテナを張り巡らせずにぼやぼやしていた私にもそれを教えてくれる知人がいたのです。本当にありがたいことです。

しかし、畑違いとはいえ、ピットの雰囲気や競技の進行は完全にデジャヴュ状態です。朝から車両整備をする人たちの姿や、スタートしばらく前のトイレがフル回転している様子、オフィシャルと選手が和気あいあいとしつつ、締めるところはきっちり締めていくという公式競技の厳格さ。そしてコースチェック後には前走者が見本のようなスタートダッシュでコースに入り、計測機能の最終チェックをして、いざ本番。
これって、MTB競技、特にダウンヒルとそっくりです。しかも、抱えている悩みまで同じらしく、競技人口の減少が課題となっているようです。機材コストの問題で若い人が参入しづらいことや、そもそも若年者人口の減少と、同じ乗り物でもスポーティなものは若者受けしていないという現実、などが立ちはだかっています。

しかしひとつ、光が見えた部分もありました。それは、こんなヤンチャ坊主たち(年齢問わず)の運動会でも道路占有許可を取ってしっかりと運営できているということです。もちろんオーガナイザがしっかりしていなければできない話には違いないですが、例えば、自転車で峠道を閉め切って最速選手権だって不可能ではないわけで、それはもう発想と行動力次第。そんなことも含めて学ぶことがいっぱいあり、最高の一日でした。

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Indian Giver (インディアン・ギヴァー)

2008.06.24 Filed under: Trick Names Written by: Kusahara

180(ワンエイティ:横に180度回転する)系のトリックをした後で、逆の方向に戻ることをこう呼ぶことがあります。動詞として、そのまま「Indian give」とも言います。走ってきて、右に半回転して後ろ向きに進んだと思ったら、今度は左に半回転して元に戻る(またはその逆)という動きです。かなり新しい言葉で、BMX系のメディアで2007年くらいから目にするようになりました。

元のアメリカ英語の意味としては、一度は与えたものを取り返そうとすること。由来は諸説あるようですが、根源はアメリカ開拓時代の不対等な取引とそれにまつわる諍いです。インディアン(ネイティヴ・アメリカン) が白人入植者との交渉の中でただ同然で土地を譲り、そのことを巡って争いが収まらなかった歴史が背景にあります。

自転車のトリックとしては、アメリカあたりのシーンでは一般にかっこ悪いこととされているようです。理由は、180→Indian Giverでは全体としては回ったことにならず、全体の動きにスムーズな流れがないから。 実際に、180度回ってすぐに逆に回ると見ていて違和感がありますし、最初の180を回り切るかどうかさえ関係なくなってしまうという面もあります。

ただ、両方向に回れるというのは悪いことではないですし、間にフェイキー(180して、後に進んでいる状態)でのトリックを何かはさむことができれば、かえって両方向に回れることをアピールできることにもなります。Bruce Crisman あたりはそういうことをやっています。賛否は置いておいて、こうした違いに着目するとビデオなどを見ていても新しい発見があったりします。

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CAD fever

2008.06.15 Filed under: Staff Blog Written by: Kusahara

今日、CAD利用技術者試験というものを受けてきました。CAD(=Computer Aided Design)オペレータとしての技量をはかる試験です。

最近、自転車や部品の設計にもCADは当然の技術となっていますし、こうしてコンピュータを活用することで設計の効率と可能性を向上させるということは自転車に限らず他の分野でも当然の流れとなっています。というより、自転車業界は遅れている方だと言っても良いでしょう。別に進んでいることがエライというものではありませんが、個人的にはこうした技術をうまく利用してより良いものづくりを目指しているため、このところ勉強漬けの日々を送っていました。

国家資格のような確立されたものでもないために認知度は低いようですが、2級と1級があります。今回は、同時に両方受けてきました。特に1級は合格率もかなり低いようですが、おそらく受かっているでしょう。オフィス内のネットワーク構築から著作財産権まで幅広く出題される学科と、実技(1級のみ)があります。実技の模範解答を探している方もいらっしゃるでしょうから、参考になるかどうかイマイチ分かりませんが、機械分野の私の解答を公表してみようと思います。なんといっても合格発表は2ヵ月後(1級の場合)、おとなしく待つのも辛いものですからね。

こちらに、ファイルをアップロードしてみます(dxf形式)。

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…and another death.

2008.06.05 Filed under: Staff Blog Written by: Kusahara

ノースショアプロダクツ撮影隊長であり、個人的にも親友、そして良きアドバイザーとして世話になってきた大徳充洋が他界しました。29歳の孤独な死でした。

彼とはライダー仲間として知り合い、MTBもBMXも、そして時にはスケートボードも自動車もと、車輪のついたもの全般について意気投合したり反論を交わし合ったりしてきました。そうこうするうちに親戚(ハトコ-親同士が従兄弟)であることが発覚するという不思議な巡り合わせもありました。ライディングと並行してビデオカメラと撮影術を研究してくれて、DVD「Sunrise Street」に大きな貢献をしてくれた功労者でもあります。仙台や東京でのフィルムセッションでの彼を記憶している方もいらっしゃるでしょう。

ライディングは荒削りな部分もありながら、持ち前の感覚の鋭さと探究心のために自転車のセットアップやテクニックに関する造詣が深く、多くのライダーに的確なアドバイスをしてきた兄貴分でもあります。感受性の強さゆえに適当にこなすことを常に拒否し、人とぶつかり、愛されるか嫌われるかの二択しかありえないような強烈なキャラクターでもありました。その純粋さのために自分を傷つけざるを得なかった、不器用な人間でした。そして、私の人生とものの見方に多大な影響を与えた、大きな存在でした。

ジジイになったらガラの悪いチョッパーのハーレーだかKawasakiだかで一緒にツーリングに行こうって約束したのに。本当に残念だよ。

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We have lost Mitsuhiro Otoku, the head of our filming crew and one of the best friends/advisors of mine. A lonely death at the age of only 29.

I met him through riding, riding MTB, BMX, sometimes skateboards and cars, where we had something to share and something to argue on. Later we found we were second cousins somehow, which was a freaky coincidence. He was the one behind the camera as well, especially in “Sunrise Street” where his determination and devotion as the camera guy turned out just awesome. Some of you might remember him through filming sessions in places like Sendai and Tokyo.

He always was the rider in progress, not too complete or too sophisticated. He did have a huge knowledge in bike setups and techniques though, which gained him ground as a good advisor in the local scene. He was too sensitive to take the modest and mild ways somewhere out there, he rather went to extremes all the time, ending up being either loved or hated, no choices in between. He was pure, if not good, and the pureness could just bite him back in such a tragic way. There is no doubt he has been one of the largest influence to me as I see life and things around it.

We even had a promise to go on a trip on some badass Harley or Kawasaki choppers when we are old–real old. What a downer.

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