2008.09.20
Filed under: Injuries & Health
Written by: Kusahara
順調に入院生活を送っています。9月末に、やっと退院できそうです。その頃でもまだ、普通に歩けはしないのですが…。
手術は8月20日でしたが、その後1週間くらい経つと、リハビリが始まりました。治した足首自体はまだ動かせないので、その他の部分がなまってしまわないように運動します。最初のメニューは、腹筋、背筋、足上げなどでした。
リハビリの先生がついてくれて、アスリートとしてここは弱いんじゃないか、というところをズバズバと指摘してくれました。最大の弱点は腹筋の下部あたり、腸腰筋でした。陸上短距離なんかでは速さの鍵を握ると言われる筋肉群で、腿を持ち上げる動きなどに深く関わる部分です。
というわけで、怪我する前より良いアスリートになれる要素をまたひとつ見つけてしまいました。毎日リハビリ室でトレーニングです。腹筋を鍛えるときに、足先が浮かないように固定してシットアップをすると、この腸腰筋には効かないようです。仰向けになって膝を曲げ、足先は 固定も何もしないで、それでも浮かないようにして上半身を巻き上げるようにすれば、効きます。腹直筋があっても、腸腰筋が弱いと上がらないということにな ります。最初の1週間ほどは、とにかくできず、情けなさに涙が出ました。
自転車やスケートボードに乗るときに、このあたりの筋力によって大きな差が出そうな動きもあります。実際に鍛えたらどう変わるものか、実験するのが楽しみです。
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2008.09.04
Filed under: Staff Blog
Written by: Kusahara
入院生活の暇つぶしといえば、読書です。手術直後なんかの落ち着かないときには漫画くらいしか読めないというか、脳味噌が受け付けないのですが、痛みも収まってリハビリの時期になれば、しめたものです。
さて、暇人シェフの気まぐれ書評、お題は「鼻(曽根 圭介)」です。2007年の日本ホラー小説大賞短編賞を受賞したこの作品が、「暴落」「受難」の書き下ろし2作を引き連れて角川ホラー文庫から出ているのを、チャリ仲間に差し入れてもらいました。
では収録順で、「暴落」から。これは個人個人に対して株が発行・上場され、株価によってその人の社会的な価値が決まるという空想の近未来社会を描いています。その中で不利なスタートにも関わらず株を上げ、その上昇志向ゆえに翻弄される主人公。そして、彼を待つ残酷な結末。本当のホラーは、ここに登場するシステムが、作者の想像力によってコミカルに結合されているものの、その各機能においては現代の日本を席巻しているものに他ならないということです。「親友」の数と質によって個人の価値が判断されるというのは、インターネット上のSNSや、検索エンジンにおけるページのランク付けといった局面で使われている原理です。「株価」によって個人の命運が面白いように左右されるのも、個人を法人と読み替えれば資本主義社会では当たり前です。そしてそこに介入する「再生ファンド」。美辞麗句の再生計画の裏で、切り売りによって利益を得ようとするハゲタカに過ぎない存在だとしたら…。途中から結末が見えてしまうところもありますが、それでも楽しめるリズムと(ブラック)ユーモアのあるこの短編、秀作だと思います。
次の「受難」は、個人的には面白くなかったです。気づいたら都会のビルの隙間に監禁されて、助けを求めても会えるのはどこかおかしい人ばかり。問題としては、登場人物のキャラクタづくりはややおざなりな印象ですし、何といってもこの作品の発表前の数年間は、映画界での空前の箱庭ホラーの流行がありました。箱庭ホラーとは私が今作った言葉ですが、例えば「Saw(ソー)」シリーズや、「Phone Booth(フォーンブース)」などのような(余談ですが、Sawを「ソウ」と表記するのは本来は間違いです…)、移動が許されない状況での閉所パニックホラー。この話は、それに安直に便乗した感がぬぐえませんでした。
そして表題作の「鼻」。これは、傑作です。もうあらすじなんか紹介できません。「テング」「ブタ」「犬」と3つの動物名が出てきますが、それぞれの持つ豊かな象徴性が物語にどぎついほどの色彩を与えています。そして、脳内世界が持ち得る危険なまでの奥深さ。コンプレックスとプライドが散らす火花によって生み出される、差別と狂気。作者が凄いのは、これらのホラー要素を登場人物たちに与えるだけでなく、それが歴史上存在し、また現代社会にも散見されるということを同時に示したことです。これこそが、ホラーです。
全体を通して言えるのは、これらの作品はいずれも「ホラー仕立ての社会風刺小説」または「社会派ホラー」という趣きがあるということです。この特徴こそがこの作家の真骨頂ではないかと私は思ったのですが、解説(大森 望)はそんなところには踏み込まずに延々と作風や文体が誰それに似ているという指摘に一生懸命で、私には物足りなかったのでここに書いてみました。
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