昔々、BMXから転向して初期のMTBレースシーンを席巻したジョン・トマックというライダーがいました。さらに後年ロードレースにも進出したのですが、その頃聞いたニュースで、集団走行中に前で転倒した選手を避けようとして失敗し、結局クラッシュしたというものがありました。避けると言っても、バニーホップで飛び越えようとしたそうです。そういうアプローチ、私は嫌いじゃないです。でも、そういうアプローチをする人がもっと悪い結末を迎えるというニュースは嫌いです。
登山家のウーリ・シュテックが数日前に他界したそうです。個人的な知り合いではないですが、同い年ということもあり、とても残念な知らせでした。
ご存じの方も多いかと思いますが、「スイス・マシーン」と呼ばれたウーリは超速のクライミングで名を馳せ、世界の名だたる登山家がビバークしながら数日かけて登るようなアイガー北壁を2時間台で登った男です。そのイメージとは裏腹に非常に慎重なクライマーだったという話も聞こえてきますが、それはまあ当たり前だと思います。慎重さ無しにあんなことをやっていたら、何十年も登り続けること自体が不可能です。文字通りにワンミスが命取りですから。
彼が体現してきたような先鋭的登山(という用語自体はかなり古くからありますが)に私がワクワクするのは、私のスポーツである自転車などにも通じる一つの啓示があるからです。それは安全性にまつわるジレンマにどう対処するかというスタンスの問題でして、端的に言えば装備を削り、ロープさえ持たずに早く登った方が安全なこともあるということです。競輪の自転車にベルとかブレーキとかが付いていると却って危険であるのと同様、高山で必要以上の安全確保に時間を費やすのは天候や体力、装備重量などあらゆる面で愚策でしかありません。しかし、「必要以上」というのがどのくらいを指すのかは本人の技量に大きく依存しますので、客観的な議論はほぼ不可能です。唯一分かりやすい指標というと「山で死んだかどうか」になってしまいます。
ウーリがそっち側に行ってしまって残念だけど、彼が世界中に与えてくれたインスピレーションはなくならないでしょう。安らかに登り続けて下さい。