MTB関連の細かい話です。予備知識が無いと面白くないかもしれませんが、そこら辺のフォローは今回キリがないので申し訳ありませんが省きます。
MTBが誕生した頃、部品規格はかなりスッキリしていました。各部の寸法がほとんど統一されていたのです。MTB用の部品をそこらで買ってくれば自分のMTBに装着できて当たり前だし、どんなMTBでも簡単にニコイチにできました。それがここ10年から20年ほど、各社各団体がバラバラな規格を持ち込むようになり、部品一つ一つを厳選して自分のバイクを組もうというユーザーにとっては地獄絵図に他ならない現在のシーンが形成されました。車輪のサイズが26インチだけではなく29”も出てきて、さらに27.5”が主流になったのと同様の多様化が、あらゆる部品サイズ、また嵌合部規格に起こっています。
一方で、これはとても良いことです。ユーザーの体格に合わせた自転車を組みやすくなったということもありますし、最高の工業製品を作るには既存の規格からはみ出ないといけない場合というのは存在します。そうしたはみ出しが無ければ、例えばMTB発祥のアヘッドシステムがロードレーサーやBMXを含めた全てのスポーツバイクの基本となることも無かったでしょう。私たちの作るTanatosフレームにしても、BB規格は理由があって独自のものを採用しています。
しかし一方で、バイクデザイナーとして、私たちは理由のない規格分化には懐疑的です。その最たる例が、MTBのフロントハブ向けに提唱されているBoost規格です(付随して新規リアハブ規格も含まれているのですが、それもまた突っ込みどころが多くてキリがないので省きます)。
ロードレーサーやMTBなど、主に変速付きのスポーツバイクのフロントハブは、伝統的には9mm軸のクイックリリースシャフトでした。ハブの幅、いわゆるオーバーロックナット(OLD)寸法が100mmです。しかしMTBにおけるサスペンションフォークとディスクブレーキの標準化に伴い、20mmシャフト、110mm幅の規格が20世紀終わり頃からダウンヒルなどの機材負荷が大きいジャンルで多く使われるようになりました。軸が太くなったのはサスペンションフォークの構造に起因する軸周り剛性低下を補填するため、幅が広くなったのはディスクローターを取り付けてもハブのスポークフランジ間隔を確保してホイールの横剛性を保つためです。
ところが10年ほど前からでしょうか、15mm軸の100mm幅という次なる規格が現れました。ダウンサイジングによる軽量化を狙ったものです。私に言わせれば、こんなのは99%ナンセンスです。残り1%は、買い替え需要を狙うというセコい理由です。私たちにとっては不得意分野なので、こちらもどうでもいいです。
問題点を簡単に説明しますと、細い方が軽くなるというのなら、自転車のフレームだって昔のAlanのアルミロードみたいに細い方が一応軽くはしやすいのです。でもグニャグニャになりやすいです。20mmや15mmのハブシャフト自体はほとんどがアルミ合金ですから、細身にするよりも大径薄肉の方が同じ重さでも強度と剛性と軽さのバランスを取りやすいのです(この辺は素材によって適切な径は多少変わってきますが、アルミならもっと太くても良いくらいです)。本気でクロスカントリー的な走りでの性能を極めたければ、20mmの薄肉版シャフトを作れば良かった話です。机上の空論レベルを飛び越えて私の感覚だけで言いますが、その方が並の15mmシャフトより軽く強くできるでしょう。ちなみにですが、ハブメーカーは15/100も20/110もイケる互換ハブを多く出していますので、現実にはどちらの規格でもその範囲内で最適化された部品はロクに存在しないと言うこともできます。
で、ここに来て業界は新しいネタを用意してきました。それがBoost規格、15mmシャフトの110mm幅です。長く説明するなら、フランジ幅を確保することで特に大径ホイールの強度も安心ですし、安定の軽さだし、これまでの15/100より良い事ずくめだからいつ買い換えるの?今でしょ、ってことです。短く説明すると、これは15mm系規格の自殺です。OLDも詰めて軽くしようとしてたのに、ボクサーに例えれば減量のために髪を剃って歯も抜いて即身仏寸前のレベルなのに、やっぱり110幅だよね、ヘビー級で男を見せるよ、って強がってます。死にますよ。支点間寸法が長くなれば剛性確保のために直径も必要になりますし。
というわけで、個人的な希望も交えての結論なので丸ごと信用してもらわなくても全然構わないのですが、15mm規格は一回りして滅び、20/110に回帰するでしょう。まあ仮にエンジニアリングを突き詰めれば25/120とかにランディングする可能性も無くはないですが、それなりにバランスの取れた既存規格を塗り替えるのは大変な作業です。数年以内に20/110に回帰したとして、そこから10年くらいはそもそものハブ固定方法を含めた新たな模索が続くでしょう。