自転車用語辞典

ロール(to roll bumps and jumps)

またまたやって参りました、「日本のガラパゴス自転車用語ぶっつぶせ」案件です。以前書いた人気記事 “「ピストバイク」って、もうやめにしませんか” あたりと同じ路線ですね。

今回の標的は、BMXやMTBでコブのあるコースを走る際のこなしワザのひとつ、「ロール(roll)」です。

自転車用語としてのrollという英単語自体は全世界で普通に使われていて、「(コブを)ナメる」という意味です。飛ばず浮かされず地面をなめていく、つまりジャンプの反対です。うまくやると滑らかに走れるのみならず、ブランコを漕ぐように加速が付けられるという側面も持つ重要技術です。関連用語として、コース設計においてはrollerと呼ばれるコブ形状があります。これはナメる前提のなだらかなコブのことで、ジャンプするしかないネコ耳形状の尖ったコブとは対極的な形状と言えます。

さて翻って日本では、「前輪を上げたままの状態で複数のコブをナメる」という意味でこの「ロール」という言葉が使われているんですよね。うーん、盛りすぎ。しかも、雑誌記事から各地ローカルシーン、そしてトッププロの語彙に至るまで、全ての場面でそうなっちゃってます。

これ変だからやめましょうよ。

例えて言えばですね、仮に「機」と言えば「縫製機(sewing machine)」を指すなんて世界があったらオカシイでしょ。

甲「機を買い替えたんですって?」
乙「ええ、やっぱり機と言えばジャガーですわ」
甲「あたくしブラザー派なのよね」
丙「うちのマシンは古いトヨタだけど、快調よ」
甲「え? 機の話ですわよ?」
丙「いや、豊田自動織機の…」
乙「あらやだ、ジャガーの話? それとも宅のジャグワーのこと?」

なんて具合に、対話と理解が非常に困難になることが予想されます。

日本以外では、「前輪を上げたままの状態でコブをナメる」技は「manual」と呼びます。まあ、コブがあろうとなかろうと、前輪を上げたまま走るのがマニュアルです(ウィーリーと違い、ペダルを漕がないのが特徴です)。日本でも平地バージョンは世界標準通り「マニュアル」と呼びますが、コブの場合だけ「ロール」という呼称が定着してしまいました。不合理でしょ。

Rollとはあくまでもナメること。ジャンプの反対。だから前後輪とも浮かさないベタナメでも、マニュアル体勢でも、ロールには違いありません。しかしマニュアルでナメる場合には技術的に独特の奥深さがありますので、例えば「マニュアルロール」なんてくどめの言い方も不可能じゃないにしても、重要な方のみ拾って「マニュアル」だけで十分なのです。「Can you manual that six-pack?(あの6連、マニュアルで行ける?)」なんて場合、マニュアルする以上ロールなのは自明なので。

Wikipediaも無ければYouTubeも無い、自動翻訳なんて夢のまた夢、それどころかインターネットも無いしEメールも無い、そんな時代に最先端の自転車文化を日本に伝えようと奮闘してくれたレジェンドたちがいました。そこに敬意を払う意味でも犯人名指しとかは避けておきますけど、間違ったものは正しましょうよ。最近たまに野球なんか見ると、昔なんとなくプロ野球や甲子園中継で聞いていた「ツーストライク、ワンボール…」とはボールカウントの順番が違っていて新鮮です。ここ20年くらいで国際標準に合わせて変えましたよね。あんなメジャースポーツでもできることなのだから、もっとマイナーな自転車業界での用語を最小のコストで正すなら今ですよ。

国際化! 標準化! と声高に叫びたいわけではないですが、そこに生じている小さな齟齬が誰を利するものでもない以上、その是正が未来に対する責任ではないかと考える今日この頃です。